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2001年以前のトピックス(ニュースレターより)

Vol.16

特集 AFJ普勝清治新理事長中国現代国際関係研究所 陸忠偉所長と会談


AFJが活動を開始して13年

21世紀への世紀の架け橋となる本年、新理事長に普勝清治氏(全日本空輸株式会社 最高顧問)が先の臨時理事会において選出され、就任した。

AFJ訪中団の団長として6月上旬、普勝清治理事長が北京を訪問し、AFJの中国側カウンターパートの一つである中国現代国際関係研究所の陸忠偉所長と会談、東アジア・太平洋地域と日中関係の課題と今後の展望について率直な意見交換を行った。

現代国際関係研究所長 陸 忠偉

この度、中国の旧い友人である普勝清治先生がAFJの理事長にご就任されたことを心よりお慶び申し上げます。普勝先生は、広い視野から国際関係をお考えになることができる方であります。また、中国の歴史に通暁しているだけではなく、中国の漢詩についてもとても造詣が深い方であります。こうした方が中国との関係を重要視しているAFJの理事長になられたということは、まさに適役であると思います。また普勝理事長は、中国現代国際関係研究所との関係も非常に深く、我々は普勝先生の理事長就任を衷心より歓迎いたします。

今日、中日関係は安定しつつも色々な問題を抱えております。現代国際関係研究所とAFJは、今日まで十数年に渡って様々な問題に対して忌憚なく意見交換をし、時には制作提言を行ってまいりました。普勝先生がAFJの理事長になられたことで、我々の関係はさらに一層深化していくことと思います。21世紀を睨んだ時、中日関係には取り組まなければならない大きな課題が山積しておりますが、なかでも中日関係の新たな人脈作りは早急に取り組んでいかなければならない課題であると言えます。

ご承知の通り、今日の中日関係の友好と発展の礎を築いたのは、日本でいえば岡崎嘉平太先生や松村謙三先生といった方々、また中国側でいえば王震先生や孫平化先生といった先達でありました。彼らは、その生涯を中日友好と発展のために捧げた方々です。彼らの献身的な努力があればこそ、中日関係は大きく発展し、そして安定化しつつあります。しかしながら今日、彼らの意思を受け継ぐ後継者が中日両国に十分に育っていないのが現状であります。今、中国と日本が真剣に取り組まなければならない大きな課題の一つは、中日関係の安定とさらなる発展に貢献できるような後継者を育成することであります。この問題は、是非とも普勝先生にAFJの理事長として積極的に取り組んでもらいたいと念願しております。我々も、及ばずながら全面的にご協力させていただくことをお約束いたします。幸いにも、現代国際関係研究所とAFJとの間には、長期に渡って築き上げられてきた太いパイプと信頼関係があります。

今後は普勝理事長と協力しながら、現代国際研究所は、AFJとさらに協力関係を深めて、中日関係の将来を担う後継者の育成にも取り組んでいきたいと思います。

新理事長 普勝清治

AFJの理事長に就任して初めての海外訪問国として、中国を訪問することができたことを非常に嬉しく思っております。私はこれまで、日中友好のために尽くされた岡崎嘉平太先生の薫陶を受けて日中関係の発展に関わってまいりました。そしてこの度、中国とは大変にご縁の深いAFJの理事長として、日中関係のさらに一層の発展と安定化に取り組む機会を得ましたことを大変に光栄に思っております。特に、陸所長をはじめ現代国際関係研究所とは長いつき合いでありますが、今後は理事長として21世紀を睨んで、さらにアジア・太平洋地域を視野に入れながら先生方とおつき合いをしていかなければならないということで、その責任の重さを痛感しているところであります。

陸所長もご指摘されておりましたが、現在の日中関係の最大の懸案事項の一つは、日中関係の発展と安定化の礎となった諸先輩の意思を受け継ぐ後継者が十分に育っていないことです。とりわけ、日中間では若い世代の政治家の交流が希簿のように感じられます。日中関係が今後も発展し安定化の道を歩み続けることができるか否かは、日本と中国がいかにして強い信頼関係を構築していくかにかかっています。かつて中国では万里の長城を築いて、紛争に備えようとしました。今日でいえば、TMD(戦略ミサイル防衛)のようなものとでも言ったらよいのでしょうか。いずれにしても、万里の長城やTMDの如きものをいくら準備しても紛争を抑止するためには、何よりも信頼関係を構築していくという作業は、並大抵の努力ではできません。しかし、その大きな、困難な課題に取り組んでいくことこそが、21世紀の日中間の課題であると信じております。

AFJと現代国際関係研究所には、長きに渡って培われてきた強い信頼関係があります。この両研究機関の強い信頼関係を、時間がかかっても、少しでも広げていくことができれば、その輪は必ずや日中関係全体を包むものと確信いたしております。

今年は、AFJと現代国際関係研究所との定例シンポジウムが日本で開催されます。このシンポジウムでは、是非とも日中間の新しい人脈作りも議論してもらいたいと考えております。

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Vol.16

現代アメリカ政治のダイナミズム ―『現代アメリカの政治権力構造』出版―


21世紀最初のアメリカの政治体制を決める2000年選挙を控えた現在、我々はアメリカ政治のダイナミズムをどのような視点から理解すればよいのであろうか。

現代アメリカ政治のダイナミズムと変容を理解するためには、少なくとも冷戦の終結と95年共和党多数議会の成立以降の動向とに着目し、分析する必要がある。特に現在のアメリカ政治の「権力構造」を見ていく上では、大統領のみに焦点を当てて分析することはもはや適当ではなく、これまで以上に議会という視点が勘案されるべき状況にある。

[大統領と議会との関係]

アメリカ大統領は、「世界最大の権力者」であると呼ばれる。しかし、アメリカ合衆国憲法におけるアメリカ大統領の権限は、決して強大なものであるとはいえない。アメリカ合衆国憲法は、予算編成や通商・帰化(移民)をめぐる規制、宣戦布告、条約や大使任命への同意などの重要な権限を大統領に対してではなく議会に対して付与しているのである。従って、大統領の権力は議会との力関係で相対的に規定され、「強く」もなれば「弱く」もなるのであり、大統領がその権力を実行かできるか否かは、ひとえに議会を「説得」し得るか否かにかかっているといってよい。

大統領の議会に対する「説得」がきわめて重要な意味を持つことは、ウィルソン大統領の例をひくまでもない。最近では「包括的核実験禁止条約(CTBT)」の批准をめぐるクリントン大統領の例が記憶に新しい。そうしたホワイトハウスと連邦議会との力関係に生じ始めている変化は、2000年の議会においても、中国に対する最恵国待遇(MFN)の恒久化や本土ミサイル防衛(NMD)などの主要な外交課題においても影響を与えることになろう。アメリカの政治制度では、大統領と議会とで権力を分立し、また共有しているのである。

[90年代  アメリカ政治の動向「第三の政治的スタンス」を求める政治的兆候]

90年代初頭、アメリカ国民の「反ワシントン感情」と現職政治化に対する根強い政治不信で幕を開けたアメリカ政治の潮流は、「冷戦の終結」と相俟って、「国内問題」を重視する方向へと向かっていった。そして2年後の94年中間選挙で、実に40年ぶりに共和党が下院議会で多数党となったことで、アメリカ政治は「新しい時代」を模索する段階へと本格的に突入した。たしかに下院議会において共和党が断行した一連の「議会改革」は、福祉再編成法やロビー法改正とともに、「革命」と呼ぶに足るものであったといってもよい。これらの改革は、アメリカ政治の権力構造を語るうえで、下院議会がいかに重要であるかを我々に認識させるものとなった。

また、共和党と民主党の二大政党制をベースとしつつも、「第三の政治的スタンス」を求める動行が、現代アメリカ政治の変容に大きく関わっている点にも注目しなくてはならない。ここでいう「第三の政治的スタンス」とは、92年選挙の「ペロー現象」や第三政党の動きに限定されるものではない。94年中間選挙の結果、共和党多数議会が成立したという新しい政治的な環境にあって、当時不可能と思われた再選を実現するために、クリントンとディック・モリスが展開した「トライアンギュレーション」戦略は、第三の立場を政治的に創造し、民主党の自己再生を企図したものであった。

同様に、94年の中間選挙に向けた共和党再生のシナリオとして、ギングリッチとフランク・ランツが考案した選挙公約、「アメリカとの契約(Contract with America)」も、「第三の政治的スタンス」を創造することによって、まず共和党内での大同団結を図るための戦略に裏打ちされていたのであった。

さらに、2000年の大統領選挙に向けてW・ブッシュが打ち出した「温かい保守(compassionate cons-ervative)」も、強硬な保守勢力と下院議会共和党とから距離を保つことで、保守と共和党の再生を問題提起している。これもまた、90年代のアメリカ政治に特徴的な、「第三の政治的スタンス」を模索する潮流を引き継いでいるといえるのではないだろうか。

現在、「小さな政府」を前提とする政治的潮流がほぼ定着し、また98年度には財政黒字が達成されたことによって、これまで財政均衡や減税などの保守政策を柱としてきた共和党は、むしろ政策アジェンダの再検討を迫られているともいえるのである。

[現代アメリカ政治のダイナミズム]

我が国のように官僚主導で政治が進められ、議会は「セレモニー」ともいうべき存在というイメージが強い政治システムのなかで政治を認識してきた多くの国民にとって、議員立法としてすべての法案が議員によって発議され、法案が可決されるまでの過程でロビイストをはじめ様々な利益団体が絡んでくるアメリカ政治のダイナミズムを理解することは、難しいことなのかもしれない。

しかしながら21世紀を目前に控え、アメリカ主導のグローバル化の波が否応なしに我々の生活の中にまで容赦なく押し寄せて来ている現在、我々の「アメリカ政治を見る眼」は、より複眼的なものになっていかなければならないはずである。我々はアメリカ政治が持つダイナミズムを十分に視野に入れ、アメリカ政治の新しい動向に注視していくべきである。

94年を転換点とし、共和党とそれを支える保守勢力がいかにして従来の共和党から脱皮し、新しい政治スタンスを創り出していったのか。さらには2000年選挙へ向けて、共和党はいかなる政治的スタンスを創り出そうとしているのかという点を考察する上で、共和党を底辺で支える様々なグラスルーツ団体やグラスルーツ・コアリションの動向を、いまや無視することはできない。この点は、多数党の座を奪回するために巻き返しをはかる民主党や民主党系グラスルーツ団体の最近の動向においても同様のことがいえる。いまやグラスルーツ団体は、政治資金や選挙資金といった極めて現実的レベルにおいても影響力を増すことで、アメリカ政治の権力構造の様々な局面に深く根づいた存在となっているのである。2000年の選挙に向けた予備選挙の段階で、グラスルーツ団体が設立した内国歳入庁(IRS)コード527に分類される政治団体の同行が新たな注目を集めるのも、アメリカ政治のダイナミズムと変容との一端を示す顕著な例だといえよう。

以上のような視点に基づき、AFJでの「アメリカ研究プロジェクト」の一環として現代アメリカ政治について議会の動向を中心に分析し、2000年大統領・議会選挙を展望するための視座を提供する解説書として、吉原欽一編著『現代アメリカの政治権力構造・・岐路に立つ共和党とアメリカ政治のダイナミズム』(日本評論社、2000年、2400円)の出版に取り組んだ。

既にAFJでは、94年中間選挙で共和党が上下両院で多数の座を奪回したダイナミズムについては、グローバー・ノーキストの著作を翻訳している。久保文明・吉原欽一訳『「保守革命」がアメリカを変える』(中央公論社、1996年、2650円)。

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Vol.16

『日中間の諸問題と世代交代』


江沢民主席は中国憲法の三選禁止規定に従い2003年に国家主席のポストから退く。「ポスト江沢民」時代が幕開けとなる。

以下、日中間をめぐる諸問題の中における
「世代交代」の視点の重要性について検討してみたい。

[ポスト江沢民時代に向けて]

今後の焦点は、江沢民主席が2002年の中国共産党大会において、任期の規定がない党総書記や党中央軍事委員会主席にとどまるか否かである。

「ポスト江沢民」時代の中国はどうなっていくのだろうか。江沢民主席を中心とする思想キャンペーンの動きは「ポスト江沢民も江沢民」であることを示しているのだろうか。

それとも、48歳のプーチン大統領、49歳の陳水扁総統の登場に刺激されて、文化大革命で失われた世代である50代を飛び越えて、一気に30代後半から40代の「第五世代」まで世代交代が進んでいくのだろうか。

この見極めが今後の中国及び日中関係を見ていく上での最重要課題になる。その際のキーワードは「世代交代」である。AFJは99年度の調査研究の成果をもとに、2000年5月、政策提言 『二十一世紀への日中共同の挑戦〜歴史認識・台湾問題・日中友好の核心〜』 をとりまとめたが、その中でも、「世代交代」が持つ意味の重要性が確認できた。

[歴史認識問題と世代交代]

日中戦争についての歴史認識問題は、戦争体験世代から戦争未体験世代にどのように歴史認識を伝えていくかという重要な問題がある。

ある戦後生まれの中国人研究者は以下のように語っている。

「日中間の歴史認識問題については、既に日本政府と民間に明確な結論があり、それが主流派の意見となっている。今の歴史認識に問題は、日本の極一部の人が問題を起こしているものである。その動きは日本では目立たないが中国では影響がある。その中国の反応に対して日本の主流派が反感を持つという構造がある。これが歴史認識問題の真実である」

この中国人研究者の専門領域は日本ではない。その彼に、このような日中間の歴史認識問題の「真実」が正しく伝わっていたことは注目すべきことである。中国の若手研究者の間では極めて客観的な捉え方が形成されつつあり、彼らが中国の中核となる時代の日中間の歴史認識問題は、今までとは違う形で議論される可能性があることを示唆している。

対米政策を含む各分野において、中国の専門化は比較的自由に独自の見解を述べる傾向が出て来ているのは事実である。しかし、こと対日政策に関しては、客観的見解や柔軟な姿勢を明示して「親日派」のレッテルを貼られることを躊躇する「空気」があるように思われる。

こうした「空気」の中では、親日的資性が国内の権力闘争においてマイナスに働くことになっても不思議ではない。中曽根元首相は、80年代半ばの首相在任中に靖国神社公式参拝を行ったものの、翌年には中止したのは、靖国神社参拝問題が中国の国内権力闘争に影響していたからだと語っている。よく、歴史認識問題は中国の外交カードであるといわれるが、むしろ、中国の国内権力闘争カードであるという側面があることを我々は認識すべきであろう。日本国内の様々な言説が中国国内を刺激してこのような結果を生む可能性があることを忘れてはならない。

問題は、戦争未体験世代が中核になる時代にまでこの傾向が継承されていくのかどうかである。

この点で、中国映画で扱う旧日本軍の姿は95年頃から残忍性をより強調されるようになっているとの指摘や、中国の現代の若者には80年代以後の日本の実情については余り情報が与えられていないという指摘は気になるところである。

[台湾問題と世代交代]

台湾は歴史認識問題と世代交代という観点からも注目すべきである。

台湾では、戦後国民党政府は学校教育及び軍内部教育において徹底的な「反日教育」を行っていたという。この反日教育は軍部には浸透したものの、学校教育での浸透度は低かったといわれている。

その最大の理由は、戦前・戦中の日本教育を受けた世代の存在であろう。1947年の二・二八事件で中国大陸から渡来した国民党は多くの台湾人を虐殺した。この事件が台湾独立論の起点になっているのであるが、旧植民地で教育を受けた世代は、国民党支配に対抗するアイデンティティとして植民地時代の台湾の歴史を評価しているのである。ここから「親日」的傾向が生まれているのである。

しかし、その下の戦後生まれの中堅世代は、米国留学組が多いこともあるのか親米派が多い。彼らは日本への期待は薄いといわれる。そして、その下には10代を中心に日本の現代若者文化に強い憧れを持つ世代が存在している。

台湾においては、世代により、また、戦前から台湾に居たのか、戦後大陸から渡って来たのかなどにより、日中戦争や台湾植民地時代に関する歴史認識は異なっている。統一的な「正史」の形成は未だ道半ばといっても良いのではないか。その台湾に、日中戦争の一方の当事者であった中国国民党が存在し、南京事件をはじめ、戦時中の歴史資料も保持している。
台湾における日中間の歴史認識問題にも極めて重要な影響を持つことだろう。

その台湾において今年五月、戦後生まれの中堅世代である陳水扁氏が総統に就任した。49歳の陳水扁総統の誕生は、中国の世代交代論にも影響することであろう。

台湾の戦後生まれ世代が中核となる新政権は、中台関係、日台関係をどのように進めていくのだろうか。

今年2月、総統選挙一ヵ月前の台湾訪問時のヒアリング調査では、以下のような民主進歩党の40代の若手戦略研究者の中台関係、日台関係に関する現実主義的戦略観が印象的であった。

「我々台湾の中堅世代は、中国を敵視する必要はない。ゆっくりと時間をかけて中台関係を改善する。日本はもっと台湾に注目しないと中国に接近せざるを得ない」

「現実的利益からみると、WTO加盟後の中台関係は経済的に緊密になる。長期的にみると中台関係は良い関係になる。中国内政の変化があったとしても一時的であり、中国は逆戻りはしない。長期的には良好な関係である。日本はこのままでは台湾という友人を失うことになるかもしれない」

民主進歩党の若い世代には現実主義的な戦略観が根づいている。

しかし、その下の戦後生まれの中堅世代は、米国留学組が多いこともあるのか親米派が多い。彼らは日本への期待は薄いといわれる。そして、その下には10代を中心に日本の現代若者文化に強い憧れを持つ世代が存在している。

台湾においては、世代により、また、戦前から台湾に居たのか、戦後大陸から渡って来たのかなどにより、日中戦争や台湾植民地時代に関する歴史認識は異なっている。統一的な「正史」の形成は未だ道半ばといっても良いのではないか。その台湾に、日中戦争の一方の当事者であった中国国民党が存在し、南京事件をはじめ、戦時中の歴史資料も保持している。
台湾における日中間の歴史認識問題にも極めて重要な影響を持つことだろう。

その台湾において今年五月、戦後生まれの中堅世代である陳水扁氏が総統に就任した。49歳の陳水扁総統の誕生は、中国の世代交代論にも影響することであろう。

台湾の戦後生まれ世代が中核となる新政権は、中台関係、日台関係をどのように進めていくのだろうか。

今年2月、総統選挙一ヵ月前の台湾訪問時のヒアリング調査では、以下のような民主進歩党の40代の若手戦略研究者の中台関係、日台関係に関する現実主義的戦略観が印象的であった。

こうしたブレーンを持つ陳水扁氏は、総統選挙の中で「一つの中国について話し合ってもよい」という方針を打ち出した。「一つの中国」問題に関連して、先の民主進歩党の研究者は以下のように語った。

「戦略的に考えると『現状維持』は日台中米の最高の利益である」

「(台湾独立とは)台湾人の悲しい感情の底にあるものであって『目的』ではない」

彼によれば、台湾独立論は中国の武力行使論に対する「戦略的カード」なのである。確かに、陳水扁は総統選挙中も総統就任式の演説においても「中国が武力行使しなければ台湾独立を宣言しない」との姿勢を明らかにしている。北京の「武力行使」カードと台北の「台湾独立」カードは共に相手に対する最終カードとなっているのである。

こうした民主進歩党の現実主義的な戦略観は十分に日本に伝えられず、米国にはよく伝えられていた。そのことは民主進歩党関係者も認めるところである。

このため、米国大統領から今回の台湾総統選挙に対して、いかなる人物であれ、民主的に選出された指導者を歓迎するというメッセージが発信されたのである。しかし、日本政府からはこの種のメッセージは発せられなかった。

なぜ、日米間に民主進歩党との意思疎通においてこのような差が出るのだろうか。

一つには民主進歩党が少ない海外工作資金を米国に集中した結果といえるだろう。そして、世代論的にいえば、民主進歩党を支える戦後生まれの中堅世代には米国留学組が多く、日本への期待感がほとんどないことがあげられる。

台湾では、政権交代によって、従来の国民党系の日台人脈ルートは再構築が迫られている。いまや、日本語が通じず、日本に対して期待感を持たない米国留学組世代が台湾の政治・経済・軍事を担おうとしている。

台湾では、世代交代を決定づけた。政権交代と世代交代の中で、従来の人脈系統構図がどうなっていくのかについて、注目されるところである。

選挙による政権交代下で世代交代が進む台湾、そして、選挙による政権交代が進む中国。この二つの世代交代のパターンに今後、注目をしていく必要があるだろう。

[トラック2交流と世代交代]

中台関係については、中国軍部の動きが常に注目される。中国の政治・外交において強い発言権を持っている軍部は「党の軍隊」であるが、昨今の国家安全会議構想などは「国の軍隊」化論議の関連において注目されるところである。

こうした中で、AFJは、2000年2月、中国人民解放軍総参謀部系のシンクタンク『中国国際戦略学会』の副研究員である、楊超英、王吉良、蘇廣輝各氏を招聘した。

彼らは1956年生まれから63年生まれの将校クラスであり、本格的な日本訪問は今回が初めてであった。

今回の交流を通じて明らかになったのは、日中の「職業軍人」同士が軍事的合理性をもって対話し合うことは、実現可能であるということである。

中国軍部の若手世代は「職業軍人」としての教育と訓練を受けている。そして、現代の「職業軍人」は合理的判断力を有する人々である。彼らは軍事的合理性にかける政治的要因に基づく冒険主義を最も嫌う人々でもある。日中間の諸問題を「職業軍人」同士として「純軍事的視点」から合理的に議論をすることは十分に可能であろう。

中国軍部にも若い世代には米国留学体験組の幹部が育ちつつあり、日中両国の米国留学組同士は、たとえば、共通の議論の枠組みを基礎に対話することも可能となるのではないだろうか。

同時に、日中両国の「職業軍人」による「政治的視点」についての客観的理解も重要となろう。「純軍事的視点」からみて不合理であっても「政治的視点」からみればやむをえない政治選択というものは存在しうる。その点を正しく理解することが、日中両国間の諸問題に冷静に対処する際に重要となる。

両国の軍部が日中間の政治摩擦について、軍事的合理性を基礎に冷静さを保つことができれば、日中間の「職業軍人」同士の交流は、一時的な政治的「波風」に左右されない日中友好関係の礎へと発展していくことであろう。

AFJは今後、「ポスト江沢民」時代の到来を睨み、中国政治の世代交代をめぐる様々な動きを客観的に分析して日本に伝え、また、日本政治の中で新しい世代が考える新しい進路などについて、客観的に分析して中国に伝える役割を果たすことで、日中友好に貢献できるものと考える。

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Vol.13

AFJ名称変更「アジアフォーラム・ジャパン」へ


AFJは正式名称を今までの「社団法人アジアフォーラム日本会議」から「社団法人アジアフォーラム・ジャパン」に変更いたしました。
AFJは本年4月を以て活動開始10年、外務省の認可団体となって5年の節目を迎えました。この間、AFJは時代の要請とともに成長し、より皆様のニーズにお応えできる組織へと変化を遂げました。「理論的戦略」と「実践的戦略」とを兼ね備え、政策からビジネスに至るまで、幅広い対応が可能なこれまでにないシンクタンクとして今後一層の努力を重ねて参ります。

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Vol.13

日・米・中三国 安全保障と経済について語る
〜日・米・中 国際シンポジウム〜


1998年1月20日・21日の2日間にわたり、AFJは経団連との共催により、
「日・米・中 国際シンポジウム -21世紀に向けての日・米・中 協力関係の展望-」を開催した。

日米中三カ国より内政問題及び外交・安全保障の専門家を招き、
都内で開催されたシンポジウムの第1日目は、
日中国交回復25周年と日中友好条約締結20周年を記念して、
後藤田AFJ会長と中国の海峡両岸関係協会会長・汪道涵氏が特別講演を行った。

参加者(敬称略)

【日本】
中西 輝政 京都大学 総合人間学部 教授
田中 直毅 21世紀政策研究所 理事長
藤原 勝博 経済団体連合会 常務理事
【アメリカ】
パトリック・クローニン 米国防大学国家戦略研究所副所長(当時)
エドワード・リンカーン ブルッキングス研究所上級研究員
【中国】
汪道涵 海峡両岸関係協会会長 / 元上海市長
陳啓懋 上海市国際関係学会会長
林兆木 中国国家計画委員会マクロ経済研究院常務副院長
辛 旗 和平発展研究中心研究員

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Vol.12

日・米・中国際シンポジウム開催


AFJは、経団連との共催により、1998年1月20日・21日の2日間にわたり、日・米・中国際シンポジウムを開催した。
初日は、「日中国交回復25周年記念・日中友好条約締結20周年記念」特別講演会として、後藤田AFJ会長と、中国から汪道涵海峡両岸関係協会会長(元上海市長)が講演を行った。
また、2日目は、日・米・中国際シンポジウム−21世紀に向けての日・米・中協力関係の展望−が開催された。

特別講演会要旨

インタビュー

日・米・中国際シンポジウム開会挨拶 経団連中国委員会委員長 関本忠弘

冷戦の時代が終わり、いま21世紀に向けた新たな国際関係が模索されております。こうした重要な時期に、江沢民主席の「恩師」であり、「良き理解者」でもある汪道涵先生をはじめとする日米中の有識者の方々にお集まり頂き、ともに21世紀に向けての日米中協力関係を展望できることは、大変意義のあることと確信しております。
昨年、米中両国は「建設的かつ戦略的なパートナーシップ」に合意しましたが、「戦略的パートナーシップ」構築は日中間でも必要であり、今年の江沢民主席訪日の際に結実することは充分可能だと思います。日本企業にはこの「戦略的パートナーシップ」をリードしてゆく使命があります。金融分野を含め、アジア全体の観点から、日米中経済協力の在り方について指針が示されることを期待しております。
また、新しい交流基盤としての「日中新体制」確立への努力が求められるなかで、本シンポジウムの主催者である経団連やAFJなどが、積極的に「シンクタンク」的機能を発揮し、新しい交流基盤の形成と発展に尽力されてゆくことを期待しております。

- 21世紀へ向けての中・米・日関係 - 海峡両岸関係協会会長・元上海市長 汪道涵

昨年下半期以来、中・日・米関係に良好な相互友好関係が生まれつつあることは注目に値します。
1997年10月から11月にかけて、江沢民主席は歴史的な意義を持つ公式訪米を行い、クリントン大統領と会談し、中米関係発展史における新しい里程標とも言える「中米共同コミュニケ」を発表しました。今回の中米首脳会談を通して、両国は双方の未来に向けての確固たる発展目標を、21世紀に向けての「建設的かつ戦略的なパートナーシップ」に置きました。これによって中米両国の基本的な枠組みと共通の利益基盤と発展方向は確固たるものになりました。
このことは、個別的な問題をめぐる摩擦が、両国関係の大局にまで影響を及ぼしたり、歯止めがきかずに対抗するまでエスカレートしないように、両国間のトラブル抑制を可能にするものです。

この「戦略的パートナーシップ」とは、中米双方の21世紀に向けての発展方向Sを示すものであり、全アジア・太平洋地域の安定と繁栄と中米両国の共通の利益を視野に入れたものです。「建設的」とは、双方がともに、消極的、破壊的要素が主導的要素にエスカレートしないように努めること、二国間関係は、第三国を意図したものではなく、ましてや互いに対抗するためのものではないことを意味します。

冷戦後、アジア・太平洋地域の大国はそれぞれの利益から出発し、戦略の調整をはかろうとしています。とりわけ、日米中露四大国は各国の戦略から出発し、現在は徐々に協力と摩擦が共存する新しい大国関係のモデルが形成されつつあります。四大国関係の基本的な位置づけと、良好な相互作用が働いていることは、新しい多極的枠組みが出現しつつあることを示しているわけです。

1989年下半期において、西側諸国が中国にたいして制裁を行い孤立させた時、日本が1990年に率先して制裁を破ったことは、我々には決して忘れることのできない出来事です。両国政界と各界人士の協力を経て、21世紀に向けての新しい中日関係の構築の条件が既に熟しています。

関本先生がさきほど言及なさった中日両国間に新しい「戦略的パートナーシップ」の構築を考えるべきだという提案は大変よいことだと思います。さらに、いかにしてこのような関係を結ぶかということについてですが、具体的内容は中日両国の首脳の会談で検討して頂きたいと思います。21世紀の長期安定、善隣友好、相互補完、共同発展の協力関係はこのような「戦略的パートナーシップ」のなかの主な内容であると思います。中米日三国はアジア地域の経済発展のために貢献しなければなりません。

関本先生がさきほど言及なさった中日両国間に新しい「戦略的パートナーシップ」の構築を考えるべきだという提案は大変よいことだと思います。さらに、いかにしてこのような関係を結ぶかということについてですが、具体的内容は中日両国の首脳の会談で検討して頂きたいと思います。21世紀の長期安定、善隣友好、相互補完、共同発展の協力関係はこのような「戦略的パートナーシップ」のなかの主な内容であると思います。中米日三国はアジア地域の経済発展のために貢献しなければなりません。

中日両国は経済の面では強い補完性を持っています。中日双方は長い目で、そして平等互恵の基礎に建って、建設的で長期に安定した経済貿易協力関係を築き、双方の貿易を量から質へと転換し、そして経済貿易協力の新しい道、分野を開拓していかなければなりません。卓越した企業家はいつも高い所に立って物事を見て、大きな利益に着眼し、小さな利益や目の前の利益は余り気にしないということです。

NECが最近、中国と合弁で上海浦東地域に909工場を作り、中国に協力して超LSN技術を高めようとしています。これは大変喜ばしいことです。これは中日経済協力がハイテク分野の国際分業の時代に入ってきたことを示しています。日本企業は中国へ先進技術を輸出する面で新しいステップを踏んでいます。必ずやそれ相応の見返りがあるに違いありません。さらに多くの日本の大企業がこのようなことを手掛け、中日の経済協力関係を深めてゆくことを望んでいます。

−魅力ある日中関係の展望− アジアフォーラム・ジャパン会長 後藤田正晴

日本にとってアメリカとの友好協力関係は外交の基軸であり、また、中国との友好協力関係も極めて重要であることは言うまでもありません。
日米関係について言えば、日米安保条約が締結から40数年を経過しており、今後とも維持できるかどうか、特に日本の国民感情にそぐわないとも感ぜられている米軍基地の在り方について、今後充分な国民的議論を行うべき時が来つつあるのではないでしょうか。その前提としては、日本側が米国側との対等な立場で、1990のアジアの情勢をどのように見るかの情勢判断について協議し、率直な対話が行われることが必要です。

然るに、一昨年の日米安保共同宣言を出発点とする、いわゆるガイドラインの交渉は、米国のアジア、特に中国にたいする戦略を背景とする米国側の情勢判断と政策が主役を演ずるかたちで進められてきたとの印象を禁じ得ません。また、このような日米関係の運営には透明性が大切なのではないでしょうか。さらに、米国の政策如何では、日米安保体制はアジアの現実から遊離をして、場合によるとアジアの不安定要因と見做される惧れがあることも念頭におく必要があると考えます。

日本は1972年以来、日米関係との両立を前提に、中国との友好関係促進を進めてきましたが、1990年代に至り、米国の中国にたいする政策が硬くなったため、日本が困難に直面する可能性が表れてきました。米国としては、台湾関係法の立場もあるかもしれませんが、日本の立場はその点で米国と異なります。万一、米国が台湾海峡に軍事的な介入を行う場合、日本がこれに支援を行うことになれば、日中関係は1972年の日中国交正常化以来初の危機に陥る惧れがあります。このため日本は、米中双方の軍事衝突の回避と「台湾問題」の平和的解決について、友邦として率直に双方に勧告する勇気も必要であると考えます。

一方、一昨年1996年9月の李鵬首相の5項目提案が示すように、中国は、今後のアジア地域の平和と安定のために、二国間の軍事同盟ではなく、むしろ地域内の多国間の協調と協力による枠組みを構築することに重点を移すことを主張し続けるものと予想されます。私は、日本としても、このような中国側の提唱に建設的意義を認めて、前向きの対話を進めることが有益ではないかと考えています。

米中関係にかんしては言えば、「台湾問題」を除けば、米中関係は第二次世界大戦時の同盟関係もあり、常に全般的には友好であるというのが中国の見方です。しかし、米国のアジア政策全般が、ソ連の崩壊による東西冷戦の終了後、むしろより強硬になったという印象さえ禁じ得ません。米中間の冷戦にも近い状況が今後かなりの期間継続する可能性を危惧しております。しかし、中国がこれを「米国の中国包囲」と見なして、神経過敏となることを避けるべきではないでしょうか。その一方で、米国が長期的観点にたち、アジア全般にたいして賢明で柔軟な政策をとることを望みたいと思います。

日米中三国の関係が長期的に健全なかたちで安定するためには、先ず日本自身も一方的に他に追随することなく、主体的な立場を堅持することが必要であると考えます。そのためには国内の各分野において国民的かつ充分な議論を尽くす必要があるのではないでしょうか。このことは若い世代の相互の交流と理解、この努力が将来の日米中三国関係を考えた場合に特に必要であろうと考えます。

インタビュー

第1セッション「東アジアの安全保障と日米中関係」

第2セッション「中国経済のダイナミズムと日米中関係」

陳啓懋[Chen Qimao]上海国際関係学会会長

1952年上海交通大学卒。81年から91年まで上海国際問題研究所所長を務め、汪道涵、江沢民ら歴代上海市長の外交ブレーンとして活躍。81年から94年まで中国外務省による『国際情勢年間』の編集長を務める。その後、カルフォルニア大学バークレー校、プリンストン大学、ブルッキングス研究所、米国平和研究所に招かれて上級研究員を務めた。専門分野は米中関係を中心とした国際戦略問題、アジア太平洋地域の政治・経済である。近年の主な著作に『世紀をまたがる世界構造の大転換』、『ポスト冷戦の大国政治角逐の新動向』(共に1996年)がある。

今回のシンポジウムの内容は、アジア太平洋及び世界の繁栄・平和を維持するためにも、また、東アジアの金融危機を解決するためにも良いテーマであった。日中関係の展望について言えば、21世紀への日中関係再構築の条件は既に揃ったといえる。江沢民主席も近く訪日する。日中両国はこうしたタイミングを失わず、21世紀への日中関係を再構築して行くべきだ。今後の日中関係がどのように展開していくかという問題については、我々の対話によって解決が可能だ。

アジアフォーラムの特徴は、経済界、政界、学界の力をあわせて日中関係を推進していることである。理論と実践が結びついており、これは非常にすばらしいことだ。

近年来、アジアフォーラムが日中関係改善へ努力を払ってきたことを私は高く評価している。96年にはアジアフォーラムの準備により財界人と江沢民首席との会見が行われ、その後、具体的な戦略的パートナー関係が築かれてきた。今回は、21世紀へ向けた今回の国際シンポジウムの開催及び汪道涵氏の訪日により、日本の各界の人々と深く意見交換できた。

こうした積み重ねは必ず日中関係改善に役立つであろう。今後もAFJがその優位性を発揮し、21世紀への日中関係構築に貢献するよう期待している。私も上海国際関係学会の指導者として、21世紀の日中関係構築のために、アジアフォーラムとともに努力していきたい。

辛 旗[Xin Qi]和平発展研究中心研究員

河北大学哲学部、中国社会科学院哲学研究所、厦門大学台湾研究所を経て、哲学修士号、歴史学修士号を取得。現職の研究所では台湾・香港・マカオ研究室主任を兼任。また全国台湾研究会理事も務めている。専門分野は中国文化と両岸関係であり、日本、米国、台湾などの論壇でも活躍している。また96年から中央テレビ局国際衛星チャンネル放映の「海峡両岸関係論壇」のゲスト司会者を務めるほか、香港テレビ局、台湾有線テレビ中天チャンネルなどで評論家として活躍する。主な著書には『諸神の論争--国際衝突の宗教的根源』、『1993・台湾政局と両岸関係』等がある。

今回のシンポジウムは、中日米の政治面での将来的協力展開を学術面から準備し、東アジアの深刻な経済危機をいかに協調して乗り切るかを議論し、日中友好の伝統的手法に新しい手法を加えたという意味で、「針に糸を通す」という大変に困難な作業を達成したものと評価したい。AFJは国際的に影響力のある組織であり、今後とも日中友好促進のため具体的な活動をされることを期待したい。

パトリック・クローニン[Patrick M.Cronin]国防大学国家戦略研究所副所長 / 教授

1984年、英国オックスフォード大学で国際関係の博士号を取得。同年から米連邦議会調査局に勤務する。その後、スタンフォード調査研究所(SRI)、海軍分析センターなどを経て、91年より国防大学教授、同大学付属国家戦略研究所アジア部長を兼任。95年に元国家情報会議東アジア部長のエズラ・ボーゲル氏らとともに日米安全保障政策の基本的修正を求める論文を発表。この論文がナイ国防次官補の「東アジア戦略報告(通称、ナイ・レポート)」の原型となった。

とてもよく組み立てられたシンポジウムだという印象をもった。トラック1.5とでもいうか、完全に官にべったりのもではなく、トラック2的性格が出ていて大変良かった。AFJがこれまでも質の高い会議で成功を収め、多くの実績を上げてきたことを高く評価している。今後とも質を保つという意味で、選別的に優先順位をしっかり組んでいくと良いのではないだろうか。例えば、AFJでも既に取り組んでいると聞いているが、今後はロシアを含めた4カ国対話や、さらに韓国を加えたマルチの対話なども有益な方法であろう。勿論、今回の3カ国形式もその一つである。

今年の日米関係の着目すべき点としては、まず、今後、日米防衛協力ガイドラインの実施を進めていくことだ。また、立法問題も重要だ。
次に基地問題について、具体的には普天間基地の移転問題だが、個人的には成功裏に片づかないと思っている。普天間問題は今後起きるであろう、より大規模で幅広い議論の一つの前兆と捉えることができる。

要するに、在日米軍基地に関して、将来的に、より包括的議論が生じるの前兆である。例えば、朝鮮半島問題は4者会談が始まったことで今まで考えていたより早い段階で朝鮮半島に平和が訪れる可能性について明るい光が見えてきているといえる。朝鮮半島情勢の安定が考えられる状況になっているということだ。今後、米軍の兵力構成が縮小される可能性も出てくるかもしれない。

経済問題では、金融危機の余波を受けることが予想される。まず、日本が十分な役割を果たしていない、アジア経済の再活性化のための牽引力に日本はなっていないという批判だ。また、円安の結果、対日貿易赤字が膨らんでいく、しかも大規模な対日貿易赤字につながる可能性があるとの捉え方である。さらに、米中の首脳会談が前向きな注目を浴びることにより、日本の影は薄くなるという捉え方もある。
これらの組み合わせが98年を特徴づけることになるであろう。

中西輝政[Terumasa Nakanishikashi]京都大学総合人間学部教授

京都大学法学部卒業ののち同大大学院修士過程(国際政治学専攻)を修了。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。ケンブリッジ大学客員研究員、三重大学人文学部助教授、米国スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学国際関係学部教授などを経て、1995年より現職。
冷戦後の国際秩序、日米関係、アジアの国際関係等について、長期的展望にたった日米安保の再定義の必要性を主張する論客として活躍している。
著書『大英帝国衰亡史』(1997年.PHP出版)で第51回毎日出版文化賞(97年)を受賞。

林 兆木[Lin Chou Mu]中華人民共和国国家計画委員会/マクロ経済研究院常務副院長

1960年中国人民大学経済学部卒。中国人民大学経済学部で教鞭を執って以降、光明日報経済学コラム編集員、紅旗雑誌経済部編集員・副主任を歴任。88年から、国家計画経済中心総合研究部主任、経済研究中心副主任を担当した経済理論の専門家。現在、国家計画委員会マクロ経済研究院の事実上の責任者として常務副院長を勤めている。同研究院は、改革開放及び国民経済と社会の発展に関して総合的、専門的研究を行うと同時に、世界経済の動向や各国の経済発展の過程についても研究している。その成果は直接国家計画委員会を通じて国務院に報告され、国のマクロ経済の政策決定に反映されている。

シンポジウムのテーマそのものが既に戦略的な意味を持つものであった。21世紀に向けて日中両国が長期安定・善隣友好関係を制度化する条件は熟している。日中関係をより一層発展させることは、アジア金融不安へ協調して対処する上でも有利となり、両国の経済発展の促進につながる。

エドワード・リンカーン [Edward J.Lincoln]ブルッキングス研究所上級研究員

エール大学で経済学博士号を取得。1978年から日本政府出資の在ワシントン日本経済研究所(JET)副所長を務めたのち、84年から93年にかけてブルッキングス研究所上級研究員として日本経済、日米経済関係、東アジア経済を担当した。その後モンデール駐日大使の経済担当特別補佐官として来日、96年にブルッキングス研究所に戻る。2年半の担当特別補佐官在任中は駐日米国大使館における日米包括経済協議の知恵袋として活躍した。

これまでの傾向では2国間のシンポジウムというのが多かったが、今回のように3者を集めるのは大変良いことだと思う。AFJには、今後とも、2国間の枠組みを超えた、マルチラテラルな会合を開催することを期待したい。

田中直毅[Tanaka Naoki]21世紀政策研究所理事長

東京大学法学部卒業後、東京大学大学院経済学研究課博士課程修了。国民経済研究協会主任研究員を経て、1984年より本格的に評論活動を始め、現在に至る。97年4月より21世紀政策研究所理事長。
現場へ行って情報情報収集を行う、新しいタイプのエコノミスト。1986年の衆参同日選挙の時には、「自民党=保守二党論」を展開して注目される。94年12月、行政改革の推進状況を監視する第三者機関「行政改革委員会」(委員長 飯田庸太郎)委員に就任。現在、行政改革委員会の官民活動分担小委員会小委員長を兼務。『ビッグバン後の日本経済』(1997、日本経済新聞社)他著書多数。

藤原勝博(Katsuhiro Fujiwara)(社)経済団体連合会常務理事

1962年、国際基督教大学教養学部社会科学学科卒業。同年、社団法人経済団体連合会へ入局。その後、米貿易協議会(在ワシントンD.C.)出向などを経たのち、経団連産業部長、産業政策部長、国際経済部長、92年参事・経済協力部長、93年参事・アジア部長などを歴任。95年から常務理事を務める。

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Vol.11

上海を窓口とした新たな交流を開始


AFJでは、上海市国際関係学会との間に新たに「長期戦略総合研究会」を設立。これまで北京を中心に交流を続けてきた対中国プロジェクトをより重層的に展開していくこととなった。

政治・経済の一体的実践を追求

AFJではこれまで10年にわたり、国務院中国現代国際関係研究所との間で交流を重ね、その内容も学術交流から政策交流へと発展し、江沢民主席との会見をはじめとする様々な成果をあげてきた。

こうした中でAFJは1995年、上海を訪問した代表団が汪道涵元上海市長と会談し、氏のブレーンである陳啓懋氏が会長を務める「上海市国際関係学会」との間で交流を進めるべく対話を進めて参りました。そしてこの度、「戦略的協力パートナーシップ関係」の構築を促進し、「魅力ある日中関係」の構築に寄与するべく具体的な活動を開始することで合意した。

本年7月の香港返還を受け、上海市はかつてアジア最大の国際都市として栄えた地位を再び確立すべくより一層の発展を目指している。一方、中国共産党第15大会で明らかになったように、中国最高指導部における上海人脈の重要性はより一層強化されている。

これまで急激な発展を遂げ、アジアのみならず世界的な市場としてその姿を変えてきた中国ではあるが、今後はビジネスにおいてもこれまでのような「人治」に頼ったビジネス交流から「法治」に則りかつ産業政策に即した戦略的アプローチを進めることの重要性が増してくることは十分に予想される。

日中関係は、経済的には不可分な関係が築かれようとしているにもかかわらず、とかく政治的な状況に全体が左右されやすい状況にある。こうした状況を打開し、両国間の政治状況に左右されることのない重層的な関係を築くため、安定的な対話を可能とする「魅力ある日中関係」を構築しようというのがAFJの次なる課題である。

その一つとして、来年度から新たに会員向けのAFJ「中国研究会」を開設し、中国経済や中国における経営ノウハウの分析といった従来の手法ではアプローチする事の出来ない中国政治・経済の一体性の検証を通じ、中国の政治的実状に則した対中ビジネス戦略構築のための研究を開始する。

さらに98年1月には、新たな交流を記念して、AFJと経団連との共催により汪道涵氏を招いた日米中国際シンポジウムも開催される。

AFJは、これまで蓄積してきた中国との政治・経済の一体的関係を基礎に、より重層的な日中関係構築に寄与すべく一層の研究に力を注いでゆくつもりである。

「中国研究会」及びシンポジウムについては、現在、参加企業、参加者を募集中です。ご関心をお持ちの方はAFJまでお問い合わせください。

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Vol.11

日米中露による第3回4カ国会議開催される


1997年10月27日・28日の2日間にわたり、AFJ主催第3回4カ国会議が東京都内において開催された。AFJは、多国間協議の重要性に鑑み、1994年には「アジア太平洋における多国間システムの課題と展望」、1996年には「各国の内政変化とアジア太平洋の安全保障環境」という冷戦後の国際情勢の変化を視野に入れたテーマで4カ国会議を開催してきた。

今年で3回目を迎えた会議では、日本、アメリカ、中国に、新たにロシアをメンバーに加えて、内政問題をはじめ、外交・安全保障問題のスペシャリストたちとともに討論を行うことになった。旧ソ連の崩壊によって、冷戦期にみられた米ソ二極対立は事実上消滅したが、ポスト冷戦期を迎えたいま、われわれはようやく日米中露という4大国の専門家たちをを迎えて自由闊達な議論を交わすことはまことに意義深いと言うべきであろう。

日米中露4カ国の専門家の顔触れ

今回のAFJ4カ国会議は「日米中露四カ国会議と東アジアの将来」と題して、ポスト冷戦期の東アジア情勢と日米中露4カ国のダイナミズムについて、さまざまな視点からの討論が行われた。

アメリカからはクリントン政権の政策決定形成に大きな影響力を与えていると言われているシンクタンクのブルッキングス研究所の、日米安全保障、及びアジア・太平洋地域の安全保障の専門家であるマイク・モチヅキ氏とマイケル・オハンロン氏らが参加した。

中国からは政府国務院直属の研究機関であり、現代中国外交のいわばブレーン役を担う中国現代国際関係所の陸忠偉同研究所副所長と孫茹研究員を迎えた。

さらに、ロシアからはロシア科学アカデミー東洋学研究所日本研究センター所長コンスタンチン・サルキソフ氏と、ウラジミール・イワノフ氏・ERINA主任研究員などが参加した。

以上の海外からのスペシャリストたちに加えて、日本の学界をはじめとする研究者、専門家などが加わり、2日間におよぶ白熱した議論が展開した。なお、4カ国会議当日には、日本政府関係者や議会関係者などが駆けつけ、会議に集まった4カ国の専門家らとともに内政問題にかんして各国の立場から活発な意見交換が行われた。

日米中露4カ国関係と東アジアの行方

4カ国会議では「日米中露4カ国関係と東アジアの将来」にかんするパースペクティブとして、主に、1.「ガイドラインの見直し」にかんする日米中露4カ国の認識、2.「朝鮮半島問題」にたいする日米中露4カ国の取り組みと可能性、3.日露関係、とりわけ「北方領土問題」にかんして、という3つのポイントについて、日米中露四カ国のそれぞれの立場から率直な討議を行うとともに、4カ国の協力と連携の可能性についての模索が行われた。

マイク・モチヅキマイク・モチヅキ・ブルッキングス研究所上級研究員は、ポスト冷戦期におけるアメリカの北東アジアの戦略目標は必ずしも明確ではないと分析した上で、「リベラル・ストラテジー」を提案した。これは、バイラテラルなアプローチをマルチラテラルなアプローチへと転換してゆくものであり、日米安保同盟を他のアメリカの東アジアにおける同盟ネットワークの中に位置づけて、アジアにおける他国への「拮抗力」ではなく「共通の価値観、利益」のための地域共同体を目指すべきであるとした。

コンスタンチン・サルキソフロシアのコンスタンチン・サルキソフ氏は、1997年のロシア外交の特徴を「プラグマテック」とした。二国間関係にかんしては、ロシアのとって中国との関係が「プライオリティーNO.1」の戦略協力パートナーシップであるとした上で、97年4月の共同声明において、軍事ブロック拡大に賛成しないとしているにもかかわらず、日米同盟関係を肯定的に捉え、「ガイドラインの見直し」について反対していないというバランス感覚をアピールした。また、エリツィン大統領が橋本首相に「戦略パートナー関係」を提案したことを紹介し、日米中露四角関係では、政治的にも経済的にも最も弱い日露関係について、北方領土問題を解決したのちに一刻もはやく日露間に平和条約を締結することが望ましいと語った。

陸忠偉陸忠偉・中国現代国際関係研究所副所長は、4カ国関係の現状にかんして、日米関係は確固たる同盟関係を構築したと認識、中露関係にかんしては「戦略協力パートナー関係」を一応完成し、今後さらに拡充をはかるべきだとし、米中関係は「戦略パートナー関係」の構築するために努力している途上にあると認識、一方で、日露関係にかんしては今後「戦略パートナー関係」を作り上げる機会があると論じた。また、日中関係は同盟関係にはないが、実りある善隣友好関係を期待したいと論じた。さらに、日米中露4カ国関係の発展のためには、共同利益にもとづくコミュニケーションの深化とコンセンサスの形成、それに基づく協力関係を構築することが重要であると述べた。

ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン氏は、「朝鮮半島統一後の東アジアにおける米軍プレゼンスの行方」にかんして、いずれの日にか朝鮮半島統一が実現された後、アジア・太平洋地域のアメリカの軍事的プレゼンスは縮小傾向へ進むものの、依然として強力な米軍プレゼンスが継続されることが望ましいことを提起した。これはアジア・太平洋地域における「非伝統的な脅威」、すなわち海賊やテロ行為といった予期せぬ事態に対応するための平和維持活動の一環であると説明した。さらにこうした事態に適切に対処するためには多国間の協力が重要であり、特に日本と韓国の緊密な政治的協力関係を構築することが必要とされると論じた。

伊豆見元・AFJ外交問題上級顧問は、日米中露四カ国関係についての議論が可能になったのは、ロシアのアジア・太平洋地域における存在感が復権が挙げられるが、とりわけロシアン・ファクターの行方の鍵を握るのが日露関係の改善にあると指摘。さらに、日米中露4カ国の協力関係は今後進むであろうが、朝鮮半島問題にかんして4カ国は効果的な役割を果たし得る、すなわち、朝鮮半島にかんして日米中露四カ国が共通の関心と共通の利益──朝鮮半島における紛争の防止と平和と安定──を分かち合っていることを南北朝鮮の当事者に示すことは重要な意味を持つと論じた。

真柄昭宏・AFJ研究部長は、「橋本政権のアジア外交」にかんして、「ユーラシア外交演説」(97年7月)をはじめとして、「日中外交演説」(97年8月・9月)等にみられるように、総理自らの演説によって外交方針を打ち出すと特徴づけた。一方、日米中露4カ国関係については、日中関係及び米露関係は未だ不確定要素が強いことに加えて、日露関係には「北方領土問題」が、日中関係には歴史問題が存在する。日米中露は依然として不確定要素と不安定要因をはらんでおり、このことはユーラシア地政学における戦略が未確定であることに起因していると分析。いずれにせよ、今後短期的には日本政府は日露関係重視の路線をとるものと思われ、ガイドラインから派生する法的整備の問題は、1998年のクリントン訪中、及び日本の参議院選挙まで先送りされるものと見られると論じた。

下斗米伸夫また、下斗米伸夫・法政大学教授や防衛庁陸上幕僚監部・山口昇氏らもコーディネーターや発言者として参加し、活発な議論を展開した。

4カ国会議第1日目の夜には、会議の参加者をはじめとして、日本政府関係者などが出席して懇親会が催され、日米中露4カ国の友好を深めるとともに、より深遠な意見交換がなされることになった。

また、第2日目は、伊豆見元・AFJ外交問題上級顧問がコーディネーターをつとめ、前述のような議論と各国の質疑応答を経てフリーディスカッションが行われた。とりわけ「ガイドラインの見直し」と「朝鮮半島問題にたいする4カ国の取り組み」についてさらに徹底的な議論がなされた。特に、「ガイドラインの見直し」にかんする中国とロシアの受けとめ方の違いが浮き彫りになった。中国の参加者が、ガイドライン、ひいては日米安保そのものの有用性に疑問符を投げかけたのとは対照的に、ロシアの参加者からは積極的賛同の声があがったのは極めて印象的であったと言えよう。また、朝鮮半島問題にたいしては、改めて日米中露4カ国の協力の重要性を相互に確認することができた。

1997年秋から冬にかけて、日中首脳会談をはじめとして、米中首脳会談、日露首脳会談などが相次いで行われたが、日米中露4大国の首脳外交は21世紀に向けた東アジアの将来に大きな影響を与えることになろう。このような国際情勢のもとで今回開かれた日米中露の専門家たちによる共同会議は、われわれにポスト冷戦期の日米中露4カ国関係の発展の重要性を銘記させるとともに、アジア・太平洋地域の将来の行方にかんする一つの指標を提示した言えよう。

AFJでは、今後とも4カ国の有識者による「4カ国会議」を開催してゆきたいと考えている。

(文責:AFJ研究部研究員・松本はる香)

参加者(敬称略)

【日 本】

  • 伊豆見元 静岡県立大学教授・AFJ外交問題上級顧問
  • 下斗米伸夫 法政大学教授
  • 山口 昇 防衛庁陸上幕僚監部防衛部防衛調整官
  • 吉原欽一 AFJ常務理事
  • 真柄昭宏 AFJ研究部長

【アメリカ】

  • マイク・モチヅキ ブルッキングス研究所上級研究員
  • マイケル・オハンロン ブルッキングス研究所研究員

【中 国】

  • 陸忠偉 中国現代国際関係研究所副所長
  • 孫 茹 中国現代国際関係研究所研究員

【ロ シ ア】

  • コンスタンチン・O・サルキソフ 法政大学客員教授、ロシア科学アカデミー東洋学研究所日本研究センター所長
  • ウラジミール・I・イワノフ 財団法人環日本海経済研究所[ERINA]主任研究員

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Vol.11

交流10年を記念して「北戴河会議」開催


AFJが中国現代国際関係研究所(以下現研)との交流を開始してから今年で10年を迎えた。そこで8月上旬、中国の要人の避暑地であり、中国の重要政策と人事を決定する会議が開催される北戴河において、AFJと現研とにより10年間の交流の総括と今後の交流を展望するための会議が行われた。

会議の冒頭、まずAFJ側から吉原欽一・常務理事が挨拶し、これまでの現研との交流の歩みを振り返った。

AFJは87年に任意団体として設立され、翌88年には7カ国から代表者を招いたシンポジウムを開催した。このとき中国からは現研の徐淡・現研副所長が来日した。これを契機として両機関の交流が始まり、翌89年、天安門事件直後に戒厳令下の北京にて「第1回日中シンポジウム」を開催した。その後、現研との交流は順調に進み、91年には喬石・全国人民代表大会常務委員会委員長、96年には江沢民・国家主席との会見を果たした。また96年には交流の内容も学術交流からより実践的な政策交流へと発展し、経済界を含めた「経済協力政策研究会」が発足した。そして今日では、両機関の交流は日中交流の一端を担うまでに成長している。吉原常務理事は、この10年を一つの節目として、来年は改めて交流の原点に立ち返り、新しい関係に臨んでいきたいと結んだ。

次にAFJ発足当初から共に研究を重ねてきた伊豆見元・AFJ外交問題上級顧問(静岡県立大学教授)より、過去10年の国際環境の変化と、日中関係を巡る環境の変化について報告がなされた。伊豆見上級顧問は、AFJと現研の交流がまさに冷戦が終結した時期に始まり、その変化を意識しながら日中間の学術研究を進めてきたと振り返り、今後は日中間の将来的課題を考慮しつつ、広い角度から直面する問題を研究していく必要があると述べた。

これに続き、現研側からは、異なった国家制度を背景とする両研究機関が10年という長期の交流を毎年継続出来たことは非常に希なケースであると評価した。両機関の交流の特徴として、頻度の高い交流を保ち、天安門事件など国際関係の厳しい試練を経て来た交流であること、そのなかで相互信頼が築かれ忌憚のない議論が出来たこと、さらに学術交流から政策交流へと経済界も含めた幅広い交流に発展したことを挙げた。そして今回の会談は、今後10年に渡る両機関の交流の起点となると締めくくった。

会議の後半では意見交換が行われた。その中で真柄昭宏・AFJ研究部長は、中国側が常々日中間の懸案の一つとして指摘していた中国への技術移転問題について、両機関の学術・政策交流がその改善に寄与したことに言及し、AFJと現研との交流の成果を評価した。また、伊豆見氏は日露関係の急展開の可能性などについて触れた。その他、日米中露関係等についても活発な意見交換が行われた。

この北戴河会議を通じて、両機関は、今後も学術、政策交流共に堅固な基礎を維持しつつも、さらなる発展を目指していくことが重要であり、ひいてはそれが両国の相互信頼の醸成に貢献するとの認識を確認して会議を終了した。

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Vol.10

AFJ新会長に後藤田正晴氏就任


この度、AFJが社団法人としての認可を受ける以前の1989年6月以来、ご尽力を頂いて参りました細見卓氏に代わり、新たに後藤田正晴氏がAFJ会長に就任することとなりました。

後藤田新会長就任挨拶

アジアの発展・向上に寄与するために

去る3月28日の通常総会及び臨時理事会において、細見卓氏の後をうけ、会長・理事に就任いたすこととなりました。

今、アジアは歴史の上で例をみないほどの経済の発展、民生の向上を遂げ、できる限り平和を維持したいという空気になっています。以前からある問題をこと新しく脅威と主張することは、国際情勢判断としては誤りであると考えます。しかし、今後も続くであろう経済発展の過程の中で注意を要する問題もあります。今、アジアは歴史の上で例をみないほどの経済の発展、民生の向上を遂げ、できる限り平和を維持したいという空気になっています。以前からある問題をこと新しく脅威と主張することは、国際情勢判断としては誤りであると考えます。しかし、今後も続くであろう経済発展の過程の中で注意を要する問題もあります。

まず第一に、経済の改革・開放に伴う政治の民主化の過程をどう円滑に進めるかということであります。また、経済的自信をつけることはナショナリズムにつながるが、その行き過ぎや暴走をどう抑えるかということも問題です。

そして第二に、アジアにおいて米国のプレゼンスは少なくとも現時点では重要であり、当面必要ですが、東洋人の肌にあうソフトな対応が米国には望まれます。手法に行き過ぎがあれば、アジア各国でのナショナリズムを刺激し、米国はその反発を受けることになるでしょう。

日本は、世界各地で依然として紛争が絶えないという事実を認識しつつ、東南アジア各国、中国、韓国、米国といった国々と安全保障面での対話の場をつくり、それを地域的な安全保障の枠組みにもっていく努力をすべき時を迎えています。

来世紀には、中国とインドを中心に三十億人の巨大市場が生まれるといわれています。こうした中で日本が孤立するような事態はなんとしてでも回避しけなければなりません。国際社会に生きる日本にとって今後大事なことは、軍事への傾斜を避けて平和友好の枠組みづくりに目を向け、日・米・中の三者の関係を出来る限り正常な形に保つことです。

特に、日中間においては、若い人たちの交流と理解が大切であり、日中間の橋渡しができる同志を増やしたいと考えております。コミュニケーションを絶やさないように人の交流を盛んにすることと、経済で双方を分かちがたい関係におくことが大切であると考えます。

こうした考え方に基づき、微力ではありますが、スタッフとともに、当社団法人の事業・活動に、鋭意取り組んでいく所存です。今後とも、皆様方のより一層のご厚誼とご支援を賜りますようお願い申し上げます。

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Vol.10

ニュート・ギングリッチ米連邦下院議長と会見


今回のワシントン訪問は、日本税制改革協議会(JTR)発足準備委員会のメンバーとともに、昨年AFJが翻訳出版した『「保守革命」がアメリカを変える』の原著者である「AMERICANS FOR TAX REFORM:ATR」の会長G・ノーキスト氏との会見及び、ATRを理論的に支えるている組織等と意見交換することが目的であった。また、訪問期間中、ニュート・ギングリッチ米下院議会議長、ディック・アーミー下院議会共和党院内総務との会見も実現した。

我々が最初に訪問したのはCATO研究所である。折しもCATO主催の政策フォーラムが開かれており、パネラーのフィル・グラム上院議員やビル・クリストル氏らが合意されたばかりの財政均衡計画の内容を、政府支出の削減額や減税額などが不十分だと批判していた。

CATO研究所は、リバタリアン思想に立脚した自由市場経済研究が専門で、議会及びメディアを通じて国民に米国独自の考え方を伝えることを使命とする研究所で、その名はローマ時代の哲学者カトーに由来する組織である。「小さな政府」という抽象的議論に止まらず、政府のサイズは具体的な数字として憲法内に明示しその枠内で政府活動を行わせるべきであり、そのために憲法修正を求めるといった活動も行っている。

フォーラムの後、昼食をとりながら会長のニスカネン氏と懇談し、現在の政策的課題や組織の運営などについて話を聞くことが出来が、その中でCATOの活動はほとんど企業や個人からの寄付金で賄われているとの話があり、年間800万ドルに上る財源の70%を支えているのは起業家達であるとの説明には、好調に沸く現在の米経済の底力を見せつけられた思いがした。

CATO研究所に続いて我々が訪問したのは、1973年に設立されたヘリテージ財団である。ヘリテージ財団は主として防衛、外交政策、経済問題に焦点を充てているが、各州や地方レベルのシンクタンク、さらには世界中の保守主義運動とネットワークを結んでいる組織でもある。今回の合意に対してはまだ分析が不十分としながらも、合意案の中には多くの新たな政府支出が含まれており、今後も政府が肥大化していくことの兆候だと警戒感を強めていた。

「フラット・タクス」と呼ばれる比例所得税制度の導入は同財団が現在主張している政策の一つであり、デイック・アーミー議員等の活動を研究機関の立場から支援している。「フラット・タクス」については、96年選挙においても議論されたが、財団の説明では2001年の導入を目標に、2000年の大統領選挙における政策のランドマークとなり得る改革として戦略的に位置づけているとのことであった。

次に訪問したのは、リーダーシップ研究所である。この研究所は、政治的な成功を得るためには多くの活動家が必要であり、その活動家を育てていくためには技術が必要であるとの理念に基づき、政治家や国務省官僚、議会スタッフからキャンペーン・マネージャーや大学の学内新聞の発行者などを目指す様々な年齢層の人々に目的にあった実務的な教育を実施する組織である。目的に応じた3ヶ月以上4ヶ月未満の様々なカリキュラムが設けられており、それが年間を通じて何度も繰り返されるので非常にフレキシブルな受講が可能なシステムとなっている。例えば、プレスへの対処の仕方、議員への陳情に必要なプレゼンテーション能力、法案の進捗状況を判断するのに必要な能力、市民運動の活動資金をいかに集めるかなどについてである。現在では米国内にとどまらず広く世界中から生徒が集まっており韓国などアジアの国からも受講生を迎えているが、日本からの受講生はまだいないとのことであった。

最後に訪問したのは、全米税制改革協議会(ATR)である。ATRについては代表者であるグローバー・ノーキスト氏の著書が96年に日本語出版(『保守革命がアメリカを変える』中央公論社)されており、ニューズレターへも何度か登場してもらっている。彼らは、州・連邦議会議員やその候補者に、いかなる増税も行わないとことを誓約する「納税者保護誓約書」に署名を求める活動を行っている団体であり、彼らの活動についてはその著書の中に詳しいので興味のある方は是非とも一読を勧めたい。

以上が今回訪問した組織の概要である。最も印象的なことは、一つの主張を柱として米国の政治活動を追ったとき、市民レベルから連邦議会レベルに至る各段階に応じて、また、それぞれの組織の目的が相互に補完しあいつつ理論構築、教育から実践に至るまで、実に見事な連携がなされていることである。このような構造、ネットワークは、イシューを問わず縦横無尽に張り巡らされているようである。

日本では最初に「永田町」、そして今では「霞ヶ関」も含める改革を望む声が挙がって既に久しい。しかし以上のようなアメリカの政治環境と見比べたとき、改革を求める市民の声もある意味で「人任せ」にならざるを得ない環境にあることを実感させられる。国民各層の声に応え政治が本気で動かざるを得ない状況を作り出そうと思うなら、マスコミの世論形成に頼るだけではない、新しい政治的環境を求める風が日本でもそろそろ吹いても良いのではないだろうか。

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